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いつか潰れるその日まで

車の気配が近づいてくると、まずはフロント部分の飛び出した形状を確認する。私のところにそのまま突っ込んできた場合の、体に当たる位置を予想する。だいたいが腰のあたり。背後が壁なら挟まれて潰されるだろう。後ろに何もなければ跳ね飛ばされるか、ただ倒れるだけか。スピード次第かな、と思う頃には車はもういなくなっている。癖になっている思考だから、いちいち何もなくてよかったな、とか思わない。幼い頃の予想衝突ポイントはもっと胸に近い場所だった気がする。

自転車で道を走るときは、路地から急に飛び出てくる車や、急にドアが開きそうな大通り沿いの大型車両によって降りかかる災難が頭をよぎる。電車のホームで急行とか特急とか通勤快速とかなんでもいいけど、とにかく停車しないものが滑り込んでくるときは重心を後ろに置く、あるいは一歩下がる。後ろから背中を押す誰かを疑っているわけではないので背後は確かめない。起こるかもしれないことをただぼんやりと思う。

家の台所にはミネラルウォーターが20リットル、見えないところに置いてある。洗濯機の横には15リットルの非常用水(トイレ用)。部屋で踏み台にしてる頑丈なプラケースの中は、数日分の乾いた食料と下着、蝋燭、現金、軍手、ジップロック、靴下、ラジオ、絆創膏、水用のビニールタンク、銀色のガサガサしたシート、携帯用トイレ、トランプ、懐中電灯などが詰まっている。今の暮らしになってから、家の四つ足のご飯とトイレ砂を約3ヶ月分余計に買っている。組み立てられる二階建てのケージは押入れの奥に、折りたためるトイレとケージは天袋にあるはず。あと繋いでおけるハーネスも。週末に父親と会うことになっているので、不慮の事故で私が居なくなったりしたら、四つ足の面倒を見てくれないか聞くのを忘れないようにすること。

死なない程度にみる痛い経験も悪くないけど、できれば、痛いとか寒いとかは避けられるものは避けたい。身近な生き物が飢えたりするのも見たくない。用心して用意したすべての物には、出番がなくてずっと役立たずであってほしい。父親の誕生日は3月11日。私のはじめての従妹が生まれたのは22年前の1月17日だった。