柳本浩市展「アーキヴィスト ― 柳本さんが残してくれたもの」

何かを見ているとき「ブランディングを廃したらそれはどう変わるのか」という怨念が、道路のガムみたいに頭にこびりついてしまっている。ギャラリーの外の道に放置されたアート作品をうやうやしく飾られた作品と同じ目で観ることができるのか、自分の好きな作家が匿名で何かしたときに、名前を知る以前と同様の感覚をもつことができるのか、など。怨念と書いたのは、自分が何かを好ましいと思っているときに顔をのぞかせるからで、例えば初見でとてもよいライブの最中に、メンバーのルックスをぜんぜん別の、極端にいえば自分があまり好ましく思っていないファッションとかに差し替えてみたりする。その結果は毎回わかっているのだけど、癖みたいなものになっているので仕方がない。それをあらゆる現象で試すたびに何がしたいのかと自分に問うけど、いまだにわからない。

自由が丘のsix factoryで開催されている柳本浩市展「アーキヴィスト ― 柳本さんが残してくれたもの」に行ってきた。「アーキヴィスト」は「アーカイヴ」に由来している言葉で、欧米の美術館などでコレクションの管理担当などがもつ肩書きだという。同展の会場には、柳本さんが世界各地から集められた牛乳パックや洗剤の容器、壁一面のガムの包み紙、雑誌のスクラップ、段ボールなど、膨大なコレクションがぎっしりと並んでいる。

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「膨大な数のコレクション」という言葉は「珠玉の名曲」や「全米が泣いた」と肩を並べる無に近い表現で、聞いた人によってそれっぽく処理されるとても便利な代物だ。会場を埋めるコレクションは柳本さんが遺したそれのほんの一部に過ぎない。柳本さんがコレクターとして好かれているのは、そのセンスだけではなく、すべてをアーカイブする精神だ。デザイナーなら誰もが知っているエアラインのノベルティや海外のかわいらしいアイテムの中に、よく見るとただの日本語のアイスの容器なども見つけることができる。「アノニマスデザイン」と言ってしまうとこじんまりした印象になるが、ただの人によってはただのゴミであるそれらを蒐集する感覚は、簡単にわかるものではない。

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例えば、会場にはラベルで分類されたファイル(展示で使われていたのはこれ)が100冊単位で並んでいる。一例をあげると「無印良品」と貼られた3冊のファイルには、店頭で配られている小冊子やチラシなどがぎっしりと収められている。奇をてらったものではなく、見覚えのあるものが多い。私自身も無印良品は好きなので、自分でも手に取ったことがあるものもあるが、いずれももう手元には残ってない。

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これらを集める意味は凡人にはわかりかねるものだが、そもそも柳本さんのコレクションは集めることが目的ではない。切符のコレクションを一例としてあげると、厚手の紙で作られた古い切符は、時代の流れにつれて薄い磁気の紙に変化していく。ここから読み取ることができるのは検札する仕組みに対応していったモノの姿であり、それは社会に縮図でもある。柳本さんはそれと同じ流れを無印良品のスクラップでやろうとしている。無印良品は、古い服を回収してリサイクルする「FUKUFUKUプロジェクト」を今でも実施しているが、柳本さんのスクラップには2008年頃の同プロジェクトの栞があった。これからわかることはこのプロジェクトが少なくとも10年近く継続しているもので、現在と同様に虫のアイコンが当時から使われているという「歴史」だ。ただ、無印はほんの一例にすぎない。柳本さんが同様に集めたエアライン関連の資料は100万点を超え、蔵書は90万冊、そのコレクションアイテムの総数は50億個を超えているという。

「伝説の」という言葉が嫌いなのだけど、柳本さんには伝説が多く存在する。会場には氏の年表が掲示されており、そこからは「植草甚一のコラムを発見。サブカルチャーにはまる」「ピンク・フロイドの来日コンサートに行く」「友人の父などにブルーノートのレコードを売りはじめる」「日本のロックはどうやって誕生したかを自由研究課題にする」「市川崑のカメラワークを研究する」など、とてつもない数の知識の幅を見ることができるのだが、読んでいるうちに「ある問題」に気づく。先ほど列挙した事柄のすべては年表の1972~1975年の中からほんの一部を抜粋したのだが、それぞれの西暦の横には3歳、4歳、5歳、6歳とそれぞれ添えてある(ちなみに前半のふたつが3歳のときの出来事だ)。

最初は本当に誤植だと思った。そのあと少しの間も半信半疑だったのだが、展示してあるこれまでのインタビューと、会場で販売されている数々の有識者がコメントを寄せた冊子を読み、信じられないけど本当なんだろうな、と感じている(つまりまだ頭の片隅でほんの少し信じられないでいる)。ちなみに柳本伝説で有名な話は「ナイキのエアマックスブームを作った」「1日1時間しか寝ない」「ビーチ・ボーイズの『smile』を自分なりの解釈で完成された(7歳)」などがある。信じるかどうかは自由だが、それらをはったりと勝手に判断するのはそれを裏打ちするさまざまな証言や「膨大なコレクション」を見てからでも遅くはない。柳本さんの視界と焦点はGoogle Earthのようなもので、ある意味で次元が異なっていることだけは展示の内容からあふれんばかりに伝わってくる。

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会場には集めた品々を研究した柳本さんの資料もあわせて展示されている。わかりにくいのだが、一番右下に書かれているのはデニムを染めるインディゴの化学式。

会期は6月4日まで。会場は自由が丘から徒歩10分強。超人を体感できる数少ない機会であることは保障できる。あと販売されているパンフレットは是非買ってほしい。おすすめというか必読。

参考書籍:冊子「YANAGIMOTO KOICHI - ARCHIVIST'S VISION」(会場で2000部限定販売)